四姉妹からの手紙

2人の物書きの往復書簡です

オンラインのあなたへ ── カガワヨリ

よしながふみの漫画だったか、誰かの小説だったか
ある男性と女性がバーだかで出会い、意気投合して、女性の方も「この人だったら……いいかな?」なんて思って店を出ようと立ち上がった時、男性の身長がとても低いことに気づく。あきらかに怪我か病気が原因で。その時に女性は息をのんで……というお話。

相手の顔か、上半身か、それだけではわからないことがたくさんある。Zoomの画面の向こうでネクタイを締めたサラリーマンも、下半身はキャンディプリントのパジャマかもしれない。オンラインでのコミュニケーションも、オンラインでだから成立している場も、もしオンラインでなくなったらどうなるだろう。相手への気持ちが変わるんだろうか。
会ったことのある人と、直接会えなくなって画面越しに会話するなら、私は経験則から相手のことを想像できる。オフラインを知っているから、そうすることができる。
でも、画面越しでしか会ったことのない人と、直接会ったら私はきっと、自分のなかで微調整が必要になる。「知った気になってはならないぞ」と私のなかのなにかが警告を出す。

オンライン⇔オフライン

それは対等ではありえない。なぜなら私たちは「身体」からは逃れられないから。

 

さて、ここ最近、あっという間に時間が過ぎていった。あまりの忙しさと時おり顔を出す体調不良に追い立てられて、2週間くらいの記憶はびゅんびゅんと竜巻に呑まれているみたい。

その間、私はほぼSNSも見なかったし、メールもLINEも返せなかった。オンラインのコミュニケーションから離れていると、身体が敏感に、そして鷹揚になる。太陽の熱、青空に浮かぶ白い月、地面の照り返しと熱気、息も絶え絶えのセミの声、口の端からぽろぽろと零れ落ちる朝食のフランスパン、すれ違った人の「おはよう」の声。慌ただしい日々のなかで、どれもが、ラジオ体操のスタンプを押すように特別ではなくてもしっかりとはっきりと、私の日常に押されていく。肌が、耳が、目が、鮮やかに色がつく。スタンプの痕が残るように。

うすうすとは気づいていたけれど、オンラインに五感が侵食されていたみたいな感覚です。画面越しのコミュニケーションに、麻痺させられ、慣らされていた。そのなかでもZoomなどの動画通話はすこしだけ人間の存在を感じさせる気がしたけれど、そんなの、直接のことにくらべれば、ちっとも。ちっとも。消しゴムのカスのちっこいのくらい、ちっとも。私のなかに残らない。

日常をオフラインに。
それを基準に。

とあらためて思った。

そこにちゃんと立ち返られるのなら、私はまた時々、短い時間だけを使って、オンラインの中に人の存在を探しにいく。オフラインを知っているから、そうすることができる。こうやって画面の向こうのあなたや、誰かに向かって文字を書く。

お久しぶりです。直接は触れないあなた。お元気ですか。

 

カガワヨリ