四姉妹からの手紙

2人の物書きの往復書簡です

制限の日々  ── 雅季子

四季と死期。良く映える対比だ。ついでに士気を高めて指揮を執り私記を書くこともできる。月経は毎月おとずれる死じゃないのかしら。一度死ぬとも、また生まれ直すとも考えていいけれどここ数年は、自分から新しい命が生まれる想像をすることがなくなった。物質的な実体から半分抜けて、観念の世界に来てしまったようだ。そんなわけで、生きててよかったと思うことは多くあるが生きてるって最高だなとは思ったことがない。ここまで生かしてもらっておきながら与えられた命を冒涜しつづけているのか……? もちろんそうではない。

 

玄米のみで十日間過ごす生活をしている。七号食といって、量の制限はないけれど口にしていいのが玄米と梅干とノンカフェインのお茶のみ、というもの。お茶も飽きるので白湯を飲んでいます。

 

始めて6日目なんだけど、まず辛かったのは初日と二日目に襲ってきたカフェインの離脱症状と思われる世界の終わりみたいな頭痛。もともと偏頭痛持ちだけれど輪をかけて酷かった。目を開けていられないくらい痛かった。空腹のせいじゃない、絶対に、コーヒーか紅茶をひとくち飲めばすぐかならず治ると直感したんだけど意地を通して飲まなかった。そんなめちゃくちゃな頭痛と少しの眠気にうとうとして、命からがら帰宅して脈打つ頸動脈に保冷剤を当てて寝た。冷却シートも額に貼った。翌朝はあまりの頭痛のために遅刻し、必須の用件だけ済ませて早退した。その間も玄米を食むのは苦にならなかったけれど、とにかく飲みものに含まれるあの物質がこんなに血管の中を巡って染みわたっていたとは知らなかったわ。頭痛はまる二日続いて、三日目の朝に嘘みたいに抜けた。台風一過の晴天のようだった。

 

これまで余計な間食をしすぎていたとは思わない。ただ、消化のために玄米を普段の何倍もの時間をかけて咀嚼していると、自分が自分の食事を蔑ろにしてきて、丸飲み……とまでは行かないけれど何かに追い立てられるように飲み下していたことがよくわかった。オフィスにいる誰かに遠慮して、ついたてがあっても私、本当に気ぜわしく食事をしていたんだわ。同じ空気を体に入れたくない、なるべくリラックスしたくない、隙を見せたくない、そんなふうに肩に力が入った状態でずっとずっと過ごしていたんだわ。だから今日は、玄米と梅干だけ詰めたお弁当箱を持ってお昼は外に出た。近くの小学校の隣に公園があって、ベンチがあって、少し日陰だったけれど今日はそこにすわって25分かけて、お弁当箱の中の玄米を食べた。水筒にいれてきたミントティーも飲んだ。梅干しの味が前より強く感じられるようになって、玄米もぽろぽろ甘くていやだと思っていたけれど何となくこの味気無さが美味しいと思えるくらいには気持ちが落ち着いた。

 

そういえば昨日、劇場の帰りにYK氏とスタバに行って、デカフェの豆を挽いてもらってコーヒーを飲んだ。ミルクはもちろん抜き。すごく美味しくて満足したけれど苦みがずっと口の中に残って、そうそう、コーヒーってこういうものだった、もう気が済んだ、と思った。

 

それで今何が食べたいって、生クリームのケーキよ。おかずやお味噌汁、パンやうどんももちろん食べたいわ。でも何の写真を見るのが辛いかっていうとパフェとか新作のケーキ、あとアイスクリーム! そんなに毎日食べていたわけじゃないんだけれど、うつくしくて甘いお菓子を、ほんのひとくちでいいから味わいたいわ。今週末にかけて断食から回復食に移行するので、様子を見て、少量なら食べられるかもしれない。奪われてすぐにはわからないことだったけれど、時間が経ってみるとこうした余剰なカロリーを持つ装飾的なお菓子こそ人生の喜びであることが分かるわね。