四姉妹からの手紙

2人の物書きの往復書簡です

最初と最後に選ぶもの ── 雅季子

まあそうだ。物書きでいたいか、とか、あなたは物書きとして生まれたのか、と問われて、ふたつの問いは根源的に異なるけれど、いずれにしてもイエスと答えるようなやつはとりあえず疑ってかかったほうがいい。でも、あなたが友達をなくし仕事をなくし家をなくし体も心もそこなったときに最後までやめないものって何。あなたがお祈りと同じくらい大切におもって自然におこなっていることって何。そういうことを訊いたときにわりと躊躇いなくひとつの答えを言う人って、結構いるって実感しない?なんでそんなこと聞くんだ、と言わんばかりにその人にとっての「最後の選択肢」、あるいは生まれ持った「最初の選択肢」を教えてくれること、たまにない?

先週、久しぶりに地下鉄のホームで、他人にひじで突き返されて悲しかった。私より20年くらい先に生まれていそうな年齢で、頑丈な男の体を持った人間だった。服装は茶色いジャンパーに黒いハンチング帽子。正気を失いそうなくらい怒りが湧いたからよく見て覚えてしまったの。その人が私を押した理由はわからない。私の大きなバッグが視界の邪魔になったのかもしれないし、物理的に当たってしまったのかも。過去には、朝の通勤時に女性に鞄で叩かれたこともある。降りる直前にわざわざ近寄ってきて私を突き飛ばしていった。ああいうときって怖いとかびっくりするより、やっぱり悲しい。悪意が剥き出しにされて、攻撃の意図がほかならぬ自分に向いているという事実があるわけで、そんな意図を抱かれる自分はわるい人間なのだろうかという気にさせられるから。悪意と欲望は異なるけど、区別は難しい。表出したもので見分けなければならないとしたらますます。

ところでホルモンバランスが整わないせいかマスクのせいか、肌荒れが酷くなってとてもストレスなの。肌荒れの直し方を調べるんだけどいつも「ストレスのない生活を心がけましょう」と書いてあって、肌荒れ自体がストレスなので何の解決にもならないどころか、解決しないというストレスがまた溜まるわ。

嬉しい話もしよう。急に秋が深くなってきて、寒いのが好きな私は嬉しい。今年は金木犀が返り咲きしたの、気が付いた? 9月半ばに咲いて10月の初めにもう一度咲いたのよ。早くもっと寒くなって、北風を感じながら駅から家までの長い道を、歩きたい。私は秋の初めに生まれて、世界が寒さに向かうさなかに赤子としていちばん大きくなったから、寒さが募るほど強くなれるの。