四姉妹からの手紙

2人の物書きの往復書簡です

ほとんど友達などいない ── 雅季子

交換日記に誘われるような子ではなかった。やりたいと思っていたとは思う。でもその「書きたい感じ」の自意識がたぶん、初等科時代の同級生の感覚とはちょっとあわなくて、そのあわなさを同級生も感じ取っていて、卒業式のときのサイン帳とかもあまり頼まれなかった。初等科からほぼ持ち上がりで中等科、高等科へ行くことが決まっていたのであまりそうしたものを交換して別れを惜しむような習慣がなかったのかもしれない。

 

それにしたって同級生とは仲良くできなかったという思いは強い。私がだいぶ跳ね返していたのだろうと思う。私は五年生くらいのとき自由帳にいつもオリジナルまんがを描いていて、それは既存の少女漫画の焼き直しにすぎなかったけれど毎朝それを楽しみにしてくれていた子がいて、その子は成績が悪くて中等科には上がれなかった。

 

りぼんやなかよしの付録に交換日記帳が付いていたような気もする。りぼんを買ってよい、と母に許可されたのが6年生ごろだったが、そのころには初等科生たちの中のブームも去っていた。

 

そんな私に交換日記が書けるかどうか。まあ物書きを名乗るほどには物を書くことに執着しているのだからやってやれないことはないだろう、現に頭からここまで書き直しを一回もしていない。傲岸不遜ながらこのまま書くこととする。

 

話は手紙に移る。これも人徳の問題だと思うけれど、私は手紙をほとんどもらったことがなく、どちらかというと送り付ける、思いのたけを渾身の手紙にして渡す、下書きも取っておいて読み返しては「やりすぎだろ」という気持ちと「余すところなく伝えるパワーのすさまじい手紙を書けた」という奇妙な満足感をたまに感じる側の人間だった。それで今のこの文章もわりと独善的な空気が漂っているというわけである。

 

そして今は夕方のかんたんな食事としてコーンフレークを食べている。コーンフレークは、3週間くらい前に思いついてスーパーでカカオ味を買ってみたのが始まり。今はそこからシュガーコーンフレークを試しながら3袋目。朝やこうした休日の夕方、あるいはクラシックバレエの稽古後、夜遅くに食べる。飽きて見るのも嫌になったら次はヨーグルトとフルーツグラノーラを食べることに決めている。

 

書いてみたら思いのほか心根が狭量で、食事に頓着のほとんどない自分があきらかとなり、その分のエネルギーを何に注いでいるのかは定かでない。