四姉妹からの手紙

2人の物書きの往復書簡です

目もくれずに「好き」と言えること ── カガワヨリ

あまりにも慌ただしい数日が過ぎた。
追い立てられるように駆け抜けていると、ふと突然、電源が抜かれたようにプツンと立ち止まってしまうことがある。打合せに向かっているとちゅう、プツンとなにも考えられなくなって、ただ「糖分……糖分……」とつぶやきながらミスドでお気に入りのオールドファッションとハニーチュロを買い込んで、公園で立ち食いした。

糖分を摂取したら、空が広いことが目に入った。

「あ、うろこ雲」

いつのまにかめいっぱいの秋空になっている。
夏にお別れをまだ言っていないのに。

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打合せ先の人とは外で待ち合わせだったので「雲、すごいですよ。しかもものすごくゆっくり動いているのが見えますよ」と言うと、パソコンを抱えたまま目を丸くした。

「駄目ですねぇ。そういうことに気づくことを、しばらく忘れていました」

そしてすぐにパソコンを開き、仕事をはじめた。どうやら電源が抜かれることすらなく慌ただしく駆け抜けている人がここにもいたらしい。すこし闘争心を掻き立てられ、もうひと踏ん張りしてみた。

「秋の雲って面白いですね。ドットっぽい柄で」

すると相手はパソコンから顔を上げ、眉は八の字に下げ、

「俺、好きなんですよ、ドット柄」

と笑った。空には目もくれずに。

 

………………敗北。

 

けれどもこの敗北は、嫌じゃない。目の前のこの人は、今、わたしと同じ世界にいながら、わたしと違う世界を生きている。それがなぜか心地よく、わたしはにやにやしてしまった。

ちなみに、帰りしなに『秋の雲』を調べてみると、さっきのは『うろこ雲』ではなくもうひとまわり雲のかたまりが大きな『ひつじ雲』らしい。ほかにも『さば雲』やら『いわし雲』やらあるらしいけれど、あまり区別がつかない。いずれにしろぶつぶつとドットっぽい柄だ。

いいの。わたしも、好きなんですから、ドット柄。

 

さて、「あなたは、プライベートな関係の人に一般論で返されたらどう思う?」という質問についてのあなたの答え、自分から聞いておいて想像の範囲内ではあるんだけど、あまりに考え方がちがうのでどきっとした。最後の一行などは共感できることがひとつもなく、やぁこれが人間の面白いところだなぁと、あなたの言葉の前でにやにやする。そしてこういう時にわたしは一般論を言いたくなるなぁと思って、またにやにやしてしまったので、この手紙を締めることにする。

自分と意見が違う人が存在しているということは、世界に対する好奇心をおおいに揺さぶってくる。そして、誰かを何かを愛そう、という気にさせてくれる。目はくれまくって言うが、わかりあえないことが、わたしは好きだ。

 

カガワヨリ